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「そういう意見もあるよね」という言葉の功罪

何か人とモノごとを決める際、あるいは自分の心の中で考え事をする際、私が無自覚に多用している言葉があります。

「そういう意見もあるよね」

何か極端な意見をぶつけられた時についつい頭に浮かんでしまうのがこの言葉だったりします。

人の意見を聞いていて、ついつい心の中で出てしまうこの言葉は、魅力的に感じる極論を前にしても人の意見に自分が飲み込まれないで済みます。あくまでもそれは人の意見、決定の主体は自分であるということを固持するために心の中で発しているのです。

では、その言葉のあとに判断の主体たる自分が確固たる判断基準をもって何かを選びとれているかというとそれは微妙。むしろ出来ていないことのほうが多いです。

行動経済学では、複数の選択肢があると人は真ん中の意見をとりがちであるという研究結果が出てます。私の場合はまさにそれ。

ただ、単に無難な中庸の選択をしているだけではないか。ときどき後ろめたい気持ちになるときがあります。

さらにこの言葉を使い続けるとモノごとに熱中するということがどんどん少なくなって来ていると感じます。

目の前の起こっていることと、自分の思考の間に大きな壁がどんどん築かれていって、自分の人生がまるでロードムービーを見ているような気分になることがあるのです。

私はいろんな意味で自分の意見を通すというのが苦手です。そして極端な選択というのも苦手。あらゆる情報を集めて、比較を行ってついつい良いあんばいのものを探してしまう。

それは自分の中の判断の決定打となる感情の揺れ動きが少ないからではないか、そのように感じているのです。

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今週の気になっている本

日本のユング心理学の第一人者、河合隼雄氏の著書です。河合氏は日本人の精神構造の中枢には、自分と他者の意識の区別ない無の中空構造があると言われていたそうですが、自分の内面を見つめてみると納得できるところも多く。

私はひょっとしたらものすごく日本人的なのかもしれません。

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