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コミュニケーションで行き詰まったら愛を選択する




最近、心のあり方みたいなテーマを扱った心理学の本を立て続けに読んでいます。このジャンルの本を読んでいるとよく見るは、人生の選択を恐れではなく愛で行うことだと書かれています。

私自身は、正直に言うとこの意味が今一歩よく分かっていないところがあります。愛と言われても、男女の愛もあれば、親子の愛もあるし、友情だってあって、抽象的だしよくわからないというのが本音です。

さらに言えば、私は親との関係が複雑だった分、本当に自分が愛を理解出来てイルカと言えば、ちょっと自信がないのです。

そんなことを考えている矢先、久しぶりに学校の先生になった学生時代の友人と再会して、飲みに行ってきました。

我々が社会に出た約20年前と比べると社会の状況も変わり、その間に求められる教師像というのもかなり変わって来ているのは、門外漢の私でも感じ取っています。

実際、彼の話を聴きながら、頑張っているなぁとか、大変そうだなとかいろいろ感じていました。我々の子供ころは、悪いことをしたら、少なくともビンタくらいは許されていた時代でしたし、指導とはそういうものだと考えられていましたし。

ただ、今は仮にどんなトラブルを抱えている生徒に対しても、そういうことは出来ません。それは誰しもが日々の報道で知るところです。

我々の時代の指導方法が良かったとは言えませんが、現場で生徒を指導する側としてはどうすればいいか判断に迷うのが本音だろうと考えつつ、トラブルを抱えている生徒にどう対応するのか聴いたところ、

(同性の生徒限定にはなるけれど)誰もいないところで抱きしめて、そして、本音を引き出してあげる。すると大抵の子は泣き出す。

と言っていました。トラブルを起こす子というのは、大抵の場合、家庭環境などで辛さや孤独さを抱えていることが多く、それを紛らわすためにトラブルを起こしていることが多いとのことでした。そして、それをきちんと受け止めてやることが大事なんだそうです。

ちょっと、予想もしていない答えが返ってきて驚いたのですが、しばらく考えてから、納得するとともにその友人を尊敬しました。そしてこれが多分、愛を選択すると言うことなんだろうとも。

彼は私が読んでいるような心のあり方をテーマにした本や、心理学をきちんと学んだわけではなく、自分の経験値からそれを導きだしたのでしょう。ただ、ただ、すごいなと。

学校に限らず、我々は利害が絡む相手と対峙するとき、すぐに「敵か味方か」と考えてしまいます。ただ、敵か味方という考え方は、時に観念を超えてエゴイスティックになれば「自分にとって都合が良いか、都合が悪いか」ということにもなってしまいがちです。

これは言うなれば、恐れからの選択。コミュニケーションで行き詰まった時に愛ではなく、恐れから行動を選択すれば、相手をモノとして扱ってしまうことになるのでしょう。それは異論を封殺し、多様性を失わせることにもなるのでしょう。

私は、彼の話を聴いて、今までよく分かっていなかった愛を選択するということの意味がなんとなくなのですが、少し理解出来たような気がしたのです。

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今週の気になっている本

バウンダリーとは、カウンセラーなど援助職の人が使う専門用語のことで、自分の他人の境界腺という意味です。人の悩みを聴くのが仕事のカウンセラーさんの中には、相手のマイナスな言葉を聞くことに疲れて、自分が病んでしまう人も多いとのことです。そのために力のあるカウンセラーさんは、自分と相手の間に境界腺を引く技術を持っているのです。

援助職の人に限らず、仕事で人との距離の取り方に悩んでいる現代人は多いはずなので、参考になりそうです。

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