大人になるのは案外楽しい

子供の頃、漠然と感じていたことの一つに大人になりたくないというのがありました。こういうと一般的なイメージは、ピーターパンシンドロームとか、モラトリアムみたいなことを考える人が多いのだろうと予想しています。

ですが、私の場合は親の背中を見ていたからというのが大きな理由です。

父親がおらず、母親と二人で暮らしていた頃、定職につかず仕事を転々として、親しい友人知人のほぼいなかった母親を見ながら、大人になるっていうのはもの凄く辛いことなんだと漠然と感じていたのです。大人になることは絶望することだったのです。

私の感覚では人間はどんなに否定しても少なからず、親の生き方、考え方に影響を受けるものだと感じています。例えば、親と違う職業を選んだとしても、なんとなく仕事に対する姿勢は似ていたりなんてことはあるのではないでしょうか。

実際、毒親といわれるような親を持った人というのは、自立して家を出たほうが挫折を感じることが多いという話を聴いたことがあります。それまで、実家で違和感を感じながらも育んできた常識と世の中の常識にギャップがあることが多いからです。

私の場合も、自己肯定感が低かったり、いつもなにか悪いことが怒るのでは無いかと意味も無く不安なったりということが続いた時期がありました。いくら頭で否定しても、心の底のほうで親のような人生を送ってしまうのではないかという恐怖はいつもあったのです。

そこから随分と時間が経ち、最近ようやく大人になるって楽しいと感じられるようになって来た気がします。なんとなく親は親、自分は自分ということを心の深いところで受け入れられるようになって来たからかもしれません。

大人になるとは、すなわちそういうこと、そして案外他楽しいと感じています。

今週の気になっている本

友人に勧めてもらった本です。贈与の社会的な意味について書いてあります。

よく資本主義社会は限界が来ていると言われていますが、一方でそれに変わる何かが生まれそうかというと少なくとも当面は無さそうと言うのが私の感覚です。

ですが、最近はクラウドファンディングとか、オープンソースのような資本主義でありながらもこれまでとは違う価値交換の形が生まれてきているので、贈与で回る経済というのも今後出てくるような気がします。

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