本日、7月23日は私の誕生日です。ついに48歳になってしまいました。いや 本当に歳をとったという感じです。
それでもこの1年、無事に過ごせたことはそれだけでお祝いする価値があります。誕生日当日は、お仕事とかもあって特にこれといって何もできませんが、友達には声をかけて食事には行こうと思います。
ただ、なんか自認としては、30代後半くらいでとまっているんですよね。40代があと2年で終わるというのも正直実感わいていません。
肉体の衰えで言うと最近、さすがに老眼が気になるようになって来たので、遠近両用のコンタクトにしようかなと考えていますが、今のところはそれくらいでしょうか。
自分が歳をとった感覚があまりわかないのが、私より一回りくらい上の世代に、現役バリバリどころか、知識でもバイタリティでとても勝てないなという先輩たちが数多くいて、まだまだ学ばなければならないこともたくさんあり、やりたいこともたくさんあるからというのが大きいからかもしれません。多分これは幸せなことなんだと感じています。
折に触れ書いているのですが、私は成長という言葉が好きではありません。
自分はこんなに成長できたとか言ってる時って、誰かの都合のいいように最適化されただけの場合が多いからです。例えば、仕事で成長したっていうのは、サラリーマンの場合は特に、会社に都合のいい人間になっただけって場合が多いです。
それに対し、歳を重ねて目指すべきは成熟だと私は考えています。
自分の内面を振り返り、深いレベルで自分を理解できること。そして、その上でさらに自分の中にない経験や価値観に触れること
結局このサイクルでしか人は成熟しないのではないかと感じています。
自分の周りでは、ある程度、年齢を重ねて、内観のように自分と対話することを大事にする人が結構います。もちろんそれは大事です。
でもいくら自分の内面に立ち返ったところで、そもそも自分の中にないものは、ないのです。
自分の中に答えはあると言葉は、半分正解、半分間違いだと私は今は考えています。
40歳を過ぎたところで写真をはじめたのですが、このことによって、今までしていなかったものの見方が明らかにできるようになりました。それはそれまでいくら自分の内側を見てもないものでした。
歳を重ねるほど、新しいコトやモノにふれる機会が減ってしまいがちなので、意識して接点を増やしていく必要があると、私は写真の経験から気がつきました。
仕事でも、プライベートでも、今どれだけできるかよりも、これから出会う新しいコトやモノをどう素早く柔軟に受け入れていく能力のほうが大事だというのが私の考え方です。
歳を重ねるとわかったつもりになりがちになるので、これからも新しいことにどんどん取り組んでいきたいと思うそんな誕生日の心境でした。


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