先日、Claude Designを使ってホームページのプロトタイプを作ってもらった。驚いたのはその速さで、15分ほどで3案できあがっていた。少し前ならデザイナーに頼んで数日待ち、ラフを見て修正して……というのが当たり前だった工程が、コーヒーを一杯飲む間に終わってしまう。すごい時代だ。
ただ、感心しながら3案を眺めているうちに、ふと考えた。ここから先は結局、自分の仕事なんだなと。
どれを採用するのか。あるいはA案のヘッダーとB案の配色、みたいに気に入ったところだけ抜き出して組み合わせるのか。AIは選択肢を恐ろしいスピードで並べてくれるが、「で、どれがいいの?」を決めるのはこちらに委ねられている。そしてその判断には、なんだかんだで審美眼というか、デザインの知識がいる。なぜこの余白が効いているのか、このターゲットにはどのトーンが合うのか。出てきた3案の良し悪しを見極められるかどうかは、たぶん人によってかなり差が出る。
この感覚、写真がアナログからデジタルに移った時に似ているなと感じた。
フィルムの頃は1本に36枚しか撮れなくて、現像にも金がかかったから、シャッターを切る前にやたら慎重になった。撮る瞬間に重みがあったのだ。それがデジタルになって、枚数を気にせず何度でもリテイクできるようになった。撮るハードルは一気に下がった。
でも代わりに、別のところに重みが移った。セレクトだ。撮ったあと、膨大なデータの山から「これだ」という一枚を選び出す作業。良いカットを見抜いて、あとは思い切って捨てる。撮るのが簡単になったぶん、選ぶことの比重が確実に大きくなった気がする。
写真家の世界には、人に見せていない、すなわちセレクトしていない写真は、ただの画像でしかないと考える人がいる。撮っただけのデータは作品ではなく、選んで世に出して初めて写真になる、という考え方だ。これはなかなか痺れる視点で、つまりセレクトというのは単なる後始末ではなく、価値を生んでいる行為そのものなのだ。
Claude Designで起きたことも、たぶん同じ構図だ。作るコストがゼロに近づくと、相対的に選ぶ価値が上がる。考えてみればこれはデザインや写真に限った話でもなくて、文章も企画もコードも、これからAIがいくらでも案を出してくれるようになるんだろう。そうなったとき、出てきた山を前にしてどれを選ぶか判断できる人と、できない人の差は、地味に開いていく気がしている。
で、その「選ぶ力」って何なんだと自分でも考えるのだが、たぶん単なる好き嫌いではなくて、何を良しとするかの基準を自分の中に持っているかどうか、なんだろう。そしてその基準は、結局たくさんの良いものに触れてきた蓄積からしか育たない。
AIに丸投げするのは簡単だが、AIが出したものを評価できる目だけは、自分の中に持っておきたいなと、3案を眺めながらぼんやり考えていた。
今週の気になった本
佐久間宣行氏の『ずるい仕事術』。最近すっかり佐久間さんのYouTube「NOBROCK TV」にハマっていて、その流れで手に取った。企画のノリや出演者へのいじり方が絶妙で、ついつい夜中まで見てしまう。
仕事術の本というと根性論かライフハックのどちらかに偏りがちだが、この本はそのどちらでもなく、「自分の機嫌の取り方」みたいな話が多くて読みやすい。肩の力が抜けているのに芯がある。
そして今回の記事のテーマで言えば、審美眼の作り方という点でも参考になった。面白いものを作り続けている人が、何を面白いと感じ、何を選び、何を捨てているのか。その判断基準が随所ににじんでいる。良いものに触れて基準を育てる、というのはまさにこういうことなのだろう。セレクトする力を鍛えたい人にも、地味に効く一冊だと感じた。
